緊急事態宣言が全部、解除された。肩の荷が降りたような気分だ。旅行OK、飲食OKだ。秋篠宮眞子さんが結婚したのもまあいいか、衆院選で与党が予想外に勝ったのもまあいいか、マスクさえすれば感染なしという開放感が生まれてきた。

    この郷は海に向かって川が流れ山が両腕で囲っている地形だから、風は全部受け止められて霧がかかることが多い。ロンドンのスモッグは前後左右が見えなくて手さぐりで歩くほどだったそうだが自然の霧はもっと優しく郷を包んでくれる。
 霧に紛れてやってくるのは、ゴジラ、幽霊船、半魚人、どこの浜にも怪奇談があるが、この浜にも伝説がある。霧の中、岩場で寝ていた大蛸の足を欲張りの老婆が毎日一本ずつ切り取っていった。毎日、霧の日が続き最後に残ったのは足一本、老婆はそれに巻きつかれて海に沈んでいったという、食う方が怪奇で食われる方は呑気なだけかね、欲張りで無慈悲な人間が一番怖いという教訓さ。
 霧がじわじわと四方を囲んでバス停のベンチも見えなくなる。バスが止まってすぐ走り出す、ベンチに人影が残る。バスがもう一台、しかし人影がまだある。なんだ、霧が渦巻いてそこだけ濃く人の形に見えて、見間違えた運転手がバスを止めたのだ。ベンチの前は霧だけ、通り過ぎる車の風に吹かれて、霧の男は手が降ってバスを止める。頭を傾けたり足を組んだり、けれどすべてが微小な水滴なんだ、喜怒哀楽も欲望もなにもない、たぶん死者の魂というのもこんなものなのだろう、いっときで霧散してバスには乗れない。

 七五三だ、神社は賑わっている、みんなコロナの晴れ間にあわてて参拝している。若奥様が着飾って、外出自粛なので若旦那に艶姿を見せる機会がなくなっているからね。お参りの引出物は千歳飴だが敬老会の残りみたいだ、なにしろ寿命が百に迫っている。一番、苦々しく思っているのは年金機構だよ、飴ばかりで鞭が振るえないからさ、もっとも年金も美味しいとは言えないからね。
 近頃は二度目の七五三をやるんだよ、成人式さ。男も女も舞台衣装のような派手な和服を着て子ども同然に大騒ぎをする、そのおめでたい行事を今年はコロナが阻止したよ、コロナ後のSDGsにしたいね。

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