Gotoトラベルの還付金が口座に振り込まれた、去年の7月に旅行した分だ。旅館にも同じく振り込まれたというが廃業してしまった旅館もある。まるで香典のようだね。
古都周辺の寺には銀杏の樹があるが、この寺にも鎌倉時代からという巨樹があるが頼朝公を誇るのは間違いだ。大陸から持ち運ばれた苗木を下賜されたのだから北条氏のお恵みといえばいいのに、北条の人気はいまひとつだからね。江戸の芝居のせいさ、江戸っ子たちは、それも北条殿のお企みとよく言ったもさ、芝居のセリフが頭にこびりついたのさ。
若いカップルがじゃれついている。
「なんでおみくじがないの」
「知らねぇよ」
庶民は神社も寺も分け隔てない、商売繁盛から結婚願望までどこでも何でも願うのだから気軽なものだ。ここは寺だから後生を願うのが本筋なのにさ。仏様は自分の手に余ると巨樹に渡すんだ、お前さん世間を見てきたんだろ聞いてやっておくれ。
あれ樹の影に顔が見えた、いたずらそうな男の子と女の子がこっちを見ている。寺の裏は幼稚園だから園庭を抜け出したのかな。カップルに小石をぶつけたが気がつかない。
「おまえ、式場を調べたかい」
「どこも予約が取れそうにないの、いま思ったのだけど神社で結婚式というのもいいね、神主さんがお祓いしてさ」
「俺も牧師さんってのがどうも気に入らないんだよ」
「こんな所ならいつだって空いているよ」
「それに広くて三密を避けられるからな」
男の子と女の子が飛び出してきた。
「可愛いな、俺も昔はあんな制服着ていたよ」
「信じらんない、どんな顔してたの」
「今と同じだよ」
子どもは踊るように二人の周りを走って清々しい緑の香りをふりまいて樹の蔭に消えていく、園庭に戻ったのだろう。
銀杏の樹がニヤニヤ笑ったようだ。カップルさん、ここは寺だぜ、ここで結婚式を挙げるとお数珠の交換という儀式をされるんだよ、仏様は慣れなくてドギマギしてさ、しくじったりすると面白いな。いつも葬式ばかりだからたまには結婚式もいいだろうさ。そうだこのカップルに子どもが生まれたら取り図らって寺の跡継ぎにしてやろうか、後継者がいないって坊さん嘆いていたからね。女の子だって瀬戸内さん以来尼さんは流行りなんだ。北条殿のお企みはこの銀杏のDNAにも残っているだろう。さっき風が運んできた清々しい香りもちょっとヤバいかもしれないよ。もともと三密というのは仏教の教えなんだ、身密口密意密といって日々が修行だと諭しているのだ、そうだよ、この寺は空海の真言宗だった三密の本舗だ。
さくら貝が波打ち際に上がっていた。薄いピンクのマニキュアを塗った爪のようだ。サザエとかホラ貝とか無骨な貝を玄関に飾っている家は多いけれど、こういうきれいな貝を愛でる人は少ないのかな、確かにどう飾っておくのかデザインが難しそうだ。
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