ドイツに勝ったとワールドサッカーが大人気さ、そんなことでコロナを忘れたいんだね、もっとも日本に負けたとドイツでは大騒ぎだろうさ。岸田首相もあやかって不人気を回復したいのだろうが、そうは問屋がおろさない。おそろしい円安でも半分の企業は空前の黒字だという。外国人観光客がどっと押し寄せて観光地は一息ついたがマスクはしていない。世の中あちらが立てばこちらがへこむ習いだね。

 砂浜から30メートルというところにワインバー、古い駄菓子屋のリノベーションだ。カウンターの中は若い男、Tシャツに海人と書いてある、カイジンじゃないウミンチュさ沖縄言葉だ。ほどよく日焼けしているからサーファーかな、本職の漁師なら裏表とも真っ黒さ。チーズにピクルス、クラッカーなんて元手いらずのおつまみでワインを飲ませる。
「始めて1年ですがもう止めようと思うんです。昼のお客もパラパラですが夜のお客が鬱陶しくて」
    見かけの割には大人しい物言いだ。
「おや飽きっぽい、第一、17時閉店としてありますよ、夜は誰が」
 冬のホットワインを売り物にした。途端に赤ワインが驚くほど減る。毎晩掃除したのに朝になると床は砂だらけカウンターも塩水で汚れている。なんか生臭い匂いもする。
「また電灯を消し忘れたねって近所の人が言うんです、青い灯が夜中までついていたよって、誰かが侵入するんですよ」
「それは君の仲間でしょう」
気が抜けている白ワインを飲み干した。壁に柄杓がかかっている。
「おや淡島神社の柄杓だね」
「そうすか、知りませんでした、海に沈んだ仲間がいましてね、魔除けだそうですね」
「底が抜けていないようだ」
 底抜け柄杓は嵐の日に亡霊が現れた時に投げ込むものだ。底があると水を注がれて舟が沈む。真剣に聞いてくれた。
「あいつはその日に持っていくのを忘れたんだね、オレもその後で怖くなってディンギーやめたんですよ」
「板子一枚下っていうからね、水は冷たいし淋しいから仲間を呼ぶというよ。亡くなった仲間が海から現れたら君はどうするさ」
「まだオレはしたいことが沢山あるから呼ばれても困るな。大丈夫っすよ、あいつは気がいい奴だから悪さなんかしないでしょう。ホットワインでも奢りますよ」
 ぜひ君のワインバーを続けてほしいよ、君の仲間が他の店で悪さをしないようにさ。

    里山の紅葉はいいものさ、休耕田のススキに風が吹いている、白い壁にツタがへばりついて最後の一葉のドラマのようだ。散歩の山道でカラスウリを頂いてきたよ、藤ヅルのリースで飾っている。何も遠くまで旅行しなくてもいいのにさ、とは思わない。遠くに行くから近くの良さを感じられるのさ。

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