ピークがお盆明けで感染者はずいぶん減ってきたよ。全国民の63%が3回目の接種を済ませたそうだ、我が身くらいは自分で守らなくてはね。旅行推進のために県民割という補助をPRしているが、適用条件は3回接種済みのカードを提示することだと。官僚は底意地が悪いね、お上の意向に逆らうとすぐしっぺ返しをするんだね。

    二人が喧嘩をしている、威勢がいいや。
「ベラベラ悪口雑言ぬかしやがって、この口裂け女」
「お前の口先だってしっかり尖っているじゃないか、このカッパ野郎」
「ほら髪の毛がおっ立ったから頭の真ん中に大きな口が開いているのが見えるぜ、そっちから物を食うってのは便利だよな」
「へん、手足が自由に延びるからって座ったまま何でもする無精者め。威張ってると頭の皿をかち割って水を流しちまうよ」
「おう、やってみろ、抱きついたまま水の底に沈めてやるからな」
「水にはいったらこっちのものだ、蛇でも大ウナギでも変身してヌラヌラ締め殺してやろうじゃないか」
「ポマード、ポマードと6回怒鳴ったらお前の負けさ」
「古釘や鉄屑なんかを投げつけたらお前は腐っちまうんだろ」
「この化け物」
    プイと後ろを向くとありましたよ甲羅が。
「人のこと言えたものか、お前こそ化け物だ、川に千年も棲みついてブクブクしてるだけさ、川流れ野郎」
「電信柱のかげにいる日陰者のせに、ハイヒールでつまずいて転んじまえ」
 女が髪の毛を撫でつけてマスクをした。もう目しか見えない。ごめんね、悪かった、仲直りしようと目で笑った。
 男もマスクで口元を隠して手足の長さをそろえてアロハシャツを羽織った。いや俺も短気だからひどい事を言っちまったよとポケットから口紅を2、3本取り出した。
「あら欲しかった色だ、ありがとう」
    女がパック入りの胡瓜を差し出した。
「おっうまそうだな、食べてもいいかい」
 二人は仲良く手をつないで歩いて行った。
 夕刻の町角には興味深いことが度々起こるのさ。

    台風で一日中なにも食べなかった鳥たちがあわてたように飛び交う。ツバメは湯気に押し上げられたように上昇して虫たちを大急ぎで飲み込んでいく。鳴きかわす暇も惜しんでいるようだ。スズメたちも雨に落とされた木の実や虫を大急ぎでついばんでいる。今年最初のエノコログサが穂を出したから秋いっぱいは食べるものに困らない。青空は特別の色だった。雲もすっかり秋の姿になった。

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