岸田首相が感染したよ、日本の死者数は世界2位だそうだ。沖縄も感染増で悲鳴をあげているが観光客も現地で発症すると立ち往生だ、飛行機も船も乗せてくれないからね。徳島は阿波踊りの後が大変だったそうだ、それなのに入国制限はどんどん緩和して外国人観光客を招いている。五輪の時はあんなに騒いだのにね、ご都合主義と非難されるよ。観光庁は日本に来るなら感染リスクを覚悟してくださいとPRするべきだよ。
「海月・水母」なんと読む?漢字オタクは鼻高さ、でもなんでこれがクラゲなんだろう。この浜の海水浴は海開きからクラゲまで、神主が御幣でお祓いをしてから、クラゲが御幣のような触手でお祓いを無効にしてしまうまでだ。
以前は電気クラゲと呼んだが今はカツオノエボシ、浮かんでいる切れ端でも容赦なく人を攻撃する、死をもたらす危険だよ。
「もうクラゲ出ているってさ、よそうよ」
鮮やかに赤髪の娘が言うと、人相の悪いアンバランスな体つきの男が荒っぽく答える。
「ウエットスーツだぜ、鮫でも平気だ」
パラソルの下に娘が取り残された。
石段の影に座ってそんな様子を見ながらビールを一缶、冷たいうちにと急いでもう一缶、ビーチの楽しみはビールだよ。砂も石垣も熱くなっているので風が気持ちよい。浜辺でうたた寝さ、ちょっとお洒落だろ、ホームレスではないよ。
娘はイヤホンで耳をふさいで風音も波の音も拒否している。スタンディングボードの男は沖に出て爪楊枝くらいの大きさに見える。
母のように水ぶくれしてフワフワ流されるから水母かな。母は優しくて骨がないけれど母の恩は海より深いからさ。
丸くて半透明で満月の晩なら青白く月影に見えるから海月かな、半月とか三日月ではそぐわない。そんなことをクラゲのように取りとめもなく考えていたら眠ってしまった。
「キャ」と小さな悲鳴が聞こえる。
「見えなくなっちゃたよ、どうしよう」
スタンディングボードが見えない。
あとはドガチャカだ。漁師が舟を出して救急車が来て娘が泣きくずれて。
「なんで海の上で首を吊ったの」
ウェットスーツの回りの首筋に一筋の赤い線が。
皆が口々に言う、網にひっかかった、漁船のロープにからまった、針金が沈んでいたのさ。
違うよカツオノエボシが首に巻きついてショック死したのさ。
運の尽きだから海月かな、そうだ水族館でなく水毒館にすれば客が集まる、イモ貝やゴンズイなんかも集めてさ。
荒っぽい声が聞こえた。
「帰ろうぜ、寒くなっちゃった」
「そうだね、人がいないとつまらないね」
あわてて口のまわりをハンカチで拭った、涎を流していたらしい、浜辺の一眠りは深い。陽が少し傾いた。首がヒリヒリするのは日焼けのせいだ。
いつもより早く太陽が顔を出したように思えた。みるみるうちに日差しは強くなり、葉の影がくっきりと地面に映った。地面に吸い込まれた雨は絶え間なく空に戻っていこうとしている。まっすぐに立ち上る煙のような湯気が見えるようだ。肌も髪の毛もじっとりと湿ってくる。競うようにトンボが飛び始めた。几帳面に水平に飛んできて、突然、直角に方向を変える。大きな目玉と細い体をして数学の先生のようだ。
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