梅雨が明けたよ、記録的に早いそうだ、とたんに酷暑。国が節電を呼びかけているが微妙な言い回しだ。熱中症にならないように適度にエアコンを使ってください、そして電気を節約してください。スーパーもレストランもずいぶん暗くしている、村八分を怖れるお国柄だから徹底するんだね。そこにいくとパチンコ屋とかゲームセンターはアウトローだからひときわ照り輝いている。
 次は水不足でプールやゴルフ場は白眼視されるよ、ちまちました庭の散水さえ控え目にと言うのだろう。

 猫がニャアと鳴いてこちらを見る。皿の割れたのやペットボトル、バケツなどゴミが乱雑に散らばっている廃屋だ。以前は魚屋でお爺さんが魚をおろし、お婆さんが干物にしていて通りかかると挨拶を交わした、そんなことを思い出したよ。この猫は人に記憶をよみがえらせる係を担当しているのだろう。もう一匹が訴えるようにこちらを見る。とたんに胸騒ぎがする、孤独死かもしれない。お婆さんが居間に倒れたままだから猫は訪ねてくる人を待ち受けているのだ。
 いや、それにみせかけた殺人ということもありそうだ、戸棚にはお爺さんの白骨死体、何も気づきませんでしたという近隣住民のコメントをくりかえし放映するテレビ。父母を殺して冷蔵庫に10数年も隠していた息子がいる。毎日、お経を唱えて供養していましたというなら救われるが、あっ死体ね、すっかり忘れていましたなんてニッコリ笑ったりしたら絶対に放映しないだろうな。人の死がこんなに身近になったのはテレビのせいだ、毎日、何十人もの人が殺されているニュースとドラマとドキュメンタリでさ。
 また黒猫が飛び出してきて道を横切った、あの頃の同じ猫が生き続けているのではないだろうね、死者の魂を護り続けて執念で生き続けている。因縁があって離れられない、恨みを果たした鍋島の猫とか手ぬぐいを被って上手に踊る猫とかの同類だ。散々修業した坊さんが尊いというのなら猫又になるため大変な修練をした化け猫も立派だよ。犬なんかせいぜい猿や蛇に噛みついたり上野駅で待ち続けたりするだけだ。それに犬は種類ごとに形も色も大きさも気ままに変わってしまったから犬仲間から見てもまるで妖怪変化だよ。それに較べれば猫は虎と同じ姿を変えない、動物としてはこの方がまともだから猫嫌いは腹立たしいのさ。猫の能力は底深いと思うよ。

 台風が来た。風が海から山へと渦巻いて、ゴーゴーという凶悪な響きを立て、木々の枝は千切れるほど揺れている。吹きつける雨は山の斜面を我がちに一気に走り下り、激しく土をこそぎとって川に流れていった。夜半になって突然の静寂。空には星さえもまたたいている。しかし、皆は知っている、この静かさはいつわりで殺人者が獲物の首を絞める手をちょっとゆるめて苦悶をのぞきこみうすら笑いを浮かべるようなものであることを。

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