新規感染者が4540人、初詣は自粛になった。お賽銭はオンラインを勧奨しますなどと寺社もカード決裁推進に協力する。医療危機が感染対策のキャッチフレーズになり、国民の安全安心と一つ覚えのように厚かましく押しつけてくる、つまり無策が一番の危機と言われたくないのだろう。
寒そうなペアがバスを待っている。
「おれ、さっき何かしゃべったりしてたっけ」
「ここの風が強いのは山が両手を広げて風を受け止めているからだなんて知ったかぶりしてたよ」
「そういえばお前だってシュークリームのうんちくを言ってたよ、あの古いお菓子屋さんのは皮がパリッとして美味しいとかさ」
ちょっと沈黙。
「前にここに来たことなんかないよね」
「俺も初めてだ」
「あらやだ」
こんな大晦日になんでここに来たのかい、なんとなく相手に誘われたと思っているのだろうがそれは懐旧なのさ。父母祖父母曽祖父母、友人知人の死者の切ない思いがあって今年の最後の日をここで過ごしたのさ。海からの風が絶え間なく吹くこの通りでシュークリームを頬張りたかった幾星霜の昔の思い。良い功徳をしたね来年はきっと良い報いがあるよ、バスが煙と砂塵を残して行ってしまった。一夜明ければお正月。
大晦日にしてはいけないこと、餅つき、煮物、お正月飾り、年越しソバは年内に食べ終わる、年越しの瞬間に鏡を見ること 。
年越しの時間になると氏神様の境内に地域の人が集まって大きな焚き火を囲んで談笑する。大人には酒とビール、子どもにはジュースと甘酒、オデンやトン汁が振る舞われて、一年のけじめとするんだ、すくなくとも去年は。がらんと真っ暗な境内に人影はない。階段だけが電灯に照らされて初詣の人は寒そうに上っていくだけだ。こんな静寂はいやだな、大晦日に悪口を言い合うところがある。1年分のうっぷんを晴らすのだ。あんりゃ阿呆でねぇかい、とろんくさいのぅ、田舎言葉ではダメだ、江戸っ子の悪口がすっきりする。てやんでぇべらぼーめ、モモンガーのチンケイトー、すっとこどっこいイモかじり、おととい来やがれ。俺っちの先祖は助六さ、ぐずぐずぬかすと塩かけてかじっちまうぞ、カーツ、なんてこったい。浪花っ子だって負けはしないが少し河内弁が混じると勢いがつくそうだ。景気づけに叫んでみようか、やめよう、すぐ近くに交番があるからさ。
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