大阪府を大阪都にしようという府民投票があって否決された。そして府知事と市長が交代した。維新の会という政治団体は新しい話題づくりに努力しているようだ。毎日の報道はコロナばかり、運動会、学園祭、学芸会、遠足みんな中止だ。そういう場でこそ活躍した子は無念だろうね、みんな行政の事なかれ主義の犠牲者さ。夏祭り秋祭りも一切やらない、これは神社庁の指示だよ、人同士の接触をさせないために神様との距離まで遠ざけてしまう、まるで戦前みたいだね。がんばりましょう勝つまでは、ウィルスにさ。 
 トランプが10月にコロナに感染したと聞いて皆が笑ったものだ。つい少し前に家族やスタッフが感染したが彼だけは平然として威張っていたからさ、強い男を演じてね。なにしろ今は選挙戦の真っ只中だから。 
 そんな中でパラリンピックの開催日程が発表になった、来年のことコロナが笑うさ。 

 ドリンク200円と書いてある、吹きさらしのバス道路の途中だ。入ってみると団塊の成れの果てという様子のマスターが大儀そうに顔を見せた。 
「コーヒー、ホットで」 
「ミルクと砂糖は」 
 それと見てわかるバリ雑貨が置いてあったのでついコーヒー粉を指定してみた。 
「あったらマンダリンで」 
 コロナが収まったらどこへ行こうか、バリ島もいいな、そんなことを思っていた矢先だ。ふと沈黙があって、ないという返事、たぶん知らないの「ない」だろう。 
 マスターが日焼けしているのは日々のサーフィンのため、深いシワは生活の苦労、大儀そうなのは老化だろう、とすると道沿いの埃をかぶったこの家は生家かな。
 バリも終わりだよ、オーストラリア人の金持ちは来なくなってさ、砂漠で羊を飼っているような田舎臭いしみったれの家族ばかりだ。それに比べて日本人は、ハワイやタイは飽きたし中国ではお洒落ができないからってバリに来る若い娘がホテル3泊飛行機1泊計5日間の安いツアーでやって来るんだ。皆、派手で頭は軽いが化粧が上手、欧米の匂いがしてスタイルがいい、顔がバリ人に似ている、それが裸同然の姿で歩くのだからバリ男はたまりませんや。ずいぶんお世話しましたよ、日本は輸出に関して強い国です、かつての安かろう悪かろうではなく品質も機能も世界一という商品ばかりです。何も女性を商品だと扱っている訳ではありませんよ、念のため 
 マスターは饒舌だ、団塊世代は相手が自分の領域に入ると張り切るのだ 
「けど恋愛しても後が悪いよ、バリ男とジャパニ娘の結婚成功談など聞いたことがない。20年以上前のジャパニ娘はプライドがあったからバリの文化を見つけ出した、みんな自分を知った大人の女性たちでした。けれど今のジャパニ娘はバリもペナンもハワイ、ゴールドコーストもどこも同じなんだ。バリでケチャ見たハワイでフラ見た違いがわからん。バリでパラセイリングした、ペナンでスキューバしたそれだけなんです。バリに来たりも友だちが行ったから、旅費が安かったから、他の所は行ったことがあるから、そんなもんです」 
 ジャパニ娘は自己中心的ですから、自分が嫌だと思えばそれは悪なのです。人に自分を覗かれるのはいや、自分が人を覗きこむのも罪悪感、プライバシーに過敏です。もちろんエアコンと風呂のない生活はできませんし虫やネズミやヘビのいる環境には暮らせません。 
 ほとんどのジャパニ娘は信仰心を持ちません。神様があなたを守り、村を守ってくれている、へぇすごいじゃん、鼻の先から返事が返ってきます。しかし占いとかスピリチュアルは好きですから祭りには参加し、一種のファッションとしてです。ヒンドゥ教、仏教、イスラムなんでもOKです。ある日彼女の願いがかなったら、それが神様のしてくれた奇跡と認知できたら、きっと猛烈な信者になりますよ、宗教経験ないですから。 
 ジャパニ娘は酒を飲み、肉を食べ、無農薬野菜を喜んで食べます。しかし、ご飯は食べません。バリ人のように、ご飯をたくさん食べ辛いおかずを少しつまむような食生活はしません。そして、たいがいはご飯が炊けずお菜が作れない、川で洗濯もできない、金のかかるもの、といっても日本人にとっては当たり前のシャンプーとリンスなしでは頭も洗えない、ティッシュやバンドエイドもバリでは高級なんです、さらにビールを飲みたがる。女は酒を呑まないものなんです。 
「マスター、誰かに恨みがあるのかい」
 たまりかねて話の腰を折った。しかしマスターは気にもとめずに話し続ける。 
 バリ男が日本に行ったって家族は受け入れないしジャパニ娘も魅力が消え失せるんです。日本はバリ男には住めない国です。タバコを自由に吸えないしオートバイも自由に走れない、ヘルメット着用義務です。信号だらけだし交通規則は厳重です。スピード違反追い越し違反、方向変更違反、さらに違反をワイロでもみ消してもらうこともできません。ゴミを捨てるのにも苦労しますよ。仕事についたら、その忙しいこと。一日中神経を集中して少しのミスも許されない、時間はこのうえなく正確で厳守されます。 
「マスター、バリ男というのはあなたのことではないでしょうね」
 マスターは無視して話し続ける。 
 もうこの店には来ないけどバリには行きたいなと思う。  

 台風が来た、続けて台風が来るという予報だ。空が深く青く澄んでいる。虫の鳴き声がすぐそばまで迫っている。夜風が涼しいわけだ。腹の大きなバッタを子どもたちが捕らえて、すぐ放してやった。とまどったように草につかまり動かないが少したって状況に気づきそろそろと草を登っていく、どんな記憶を残したのだろう。大きな腹が季節の変化を伝えている。 

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