1日の感染者が1万人を越えた。不要不急の外出はしないでくれと要望された。聞きなれない言葉が次々に出てくる、クラスターだってさ、集団感染と言えばいいじゃないか、まるで毛虫がうごめいているようで気味悪い、それがつけめで怖がらせてひきこもらせる作戦かな。

 エキセントリックな老人にまた出会った。よく歩いているのだがここで出会ったのは初めてだ、こんな回遊ルートもあったんだね。青ざめた顔でベートーベンかビートルズ(もちろん老いて生き残った一人だ、たぶんカツツラだろう)のようなモシャモシャ髪を風に吹かせて前のめりで歩いている。時々はコンビニの袋を提げて一心に前方注視している。最初は異様さに思わず後をつけてしまったよ。行き止まりの細い路地の奥に住んでいるらしい。
 一度、挨拶をしてみた、反応はなかった。ひたすら頭の中のコンピュータを作動させている天才みたいだった。何をインプットしているのだろう、エジソンやアインシュタインの思考、それとも円周率を1万桁まで計算しているのか、突然、ユーレカと叫んで走っていくかもしれない。しかし、はっきりしているのは目の前の母親も子どもも小鳥も影も目に入っていない、何の感動も受けていないということだ。
 もし老人が家に帰りカツラを外しドーランを落としてガウンに着替えビールを飲み始めたらなにをする?今日の散歩で出会った人々の様子や反応を記録するんだ。パソコンをクリックするとその人の情報がすべて蓄積されている、表情や服装や持ち物で生活状況や知能程度までを分析してマップを作る。彼は町をウォッチングして人生を楽しんでいるんだ。
デジタル脳の考えることはアナログ脳には分からない、たぶん織田信長はデジタル脳だろう、すぐ切れるアスペルガー症候群だったかもしれない
老人のアオサギのような気味悪い目で見られて、子どもたちの胸に不安がわいてきたらしい、笑顔を凍らせたまま逃げるように家に帰っていった。あとを追うように夜の薄闇が迫ってくる。

  風のない穏やかな昼なのに花粉は猛烈に飛んでいるらしい。目をしばたいて空を見ると色褪せたサクラが見えた。梅は長く咲くがサクラはすぐ春を見切ってしまう。受粉が終わると、いかにもあっさりと花を散らす、サクラ色の優しさだ。事実は受粉をする鳥や虫が多い季節だからなのだろう。